カビによる健康被害

生活環境におけるカビと健康被害

 

カビといってまず思い浮かべるのは、家庭の台所に発生する黒カビだろう。密閉度の高い宮城県石巻市の仮設住宅でもカビが大量発生したというニュースがあった。汚らしいイメージのあるカビだが、一方で人間はその恩恵を受けている。カツオにカビを付けるとアミノ酸が出来て、おいしいダシの取れるカツオ節を作れる。ミソやしょうゆ、青カビのチーズにもカビが必要だ。食べ物だけではない。抗生物質のペニシリンがカビから生まれたというのは有名な話で、いまだにカビを使って作っている抗生物質もある。

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カビは「真菌」という言葉に置き換えても良い。真菌は真核生物で、植物や土などよそから栄養をもらい、胞子をつくって増殖する。真菌は、文字通り糸状の糸状菌、丸っこい酵母、きのこの3種類がある(図1)。本来は糸状菌をカビと呼ぶが、広義では真菌全体がカビと言われている。真菌は真核生物で人の細胞にそっくり。以前は真菌は植物の親類と教えられていた。だが、遺伝子を解析して進化の様子をみてみると、真菌は植物よりもむしろ動物に近く、高等な生物と言える。

カビによる健康被害には、感染症、アレルギー、中毒がある。なぜカビの生えた食べ物を食べてはいけないのか。カビの一部は様々な毒を出し、その中には「アフラトキシン」のような発がん性の高いものがある。「焼けばいいんだろう」「煮ればいいんだろう」という話になるが、アフラトキシンを加熱しても1割しか減らないという研究結果が出ている。見た目では食べ物に毒がどこまで入り込んでいるかは分からないので、カビの生えた食べ物を見つけたら捨てた方が良いだろう。

図2
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夏かぜの症状に似て、しつこいせきと息切れ、発熱などがみられる「夏型過敏性肺臓炎」という病気がある(図2)。トリコスポロンというカビが原因で、肺の奥でアレルギー性の肺炎を起こす。放置すると肺が破壊され、取り返しがつかなくなる。健康な人でもかかり、日本に独特な病気だ。

次に感染症の話をする。白癬はくせん菌が皮膚や爪に入り込む水虫が有名だが、カビは内臓にも感染する。東日本大震災では津波によって町全体が押し流された。汚れた水におぼれて肺にカビが入り込み、肺炎にかかった人が多くいた。病原性を持つカビはとても身近にあるということを覚えておいて頂きたい。

せきやたん、微熱の症状から、やがて血たんや吐血が始まる「慢性肺アスペルギルス症」という病気がある。原因となるアスペルギルスという菌はごく普通に空気中に存在する。ヘビースモーカーや古い結核などで肺に傷が付いている人が特にかかりやすい。薬が効きにくく、病気が進むと致命的になる。普段の生活の予防と早期発見が大切だ。たばこを吸わない人もカビに感染する。代表的なのが「クリプトコッカス肺炎」だ。クリプトコッカスはハトのフンに入り込んで増えて、人が肺の中に吸い込んで感染する。せきや発熱がみられ、肺炎から髄膜炎を起こすこともある。

こういう病気は珍しいと思われるかもしれないが、日本の病院で亡くなった患者の20人に1人はカビの感染症である「真菌症」によるものだ。真菌はどこにでもいて、建物も大好き。天井裏には多くいるので、天井をはがすときは注意した方が良い。エアコンの中にも多く、放っておくとカビはやはり増える。これは病院でもおこりえることで、「お見舞い用の花は遠慮してください」とお断りするところもある。植物に付着する真菌は多い。病院には感染症にかかりやすい患者さんがいて、植物を滅菌するわけにはいかないのでやむを得ないかなと思う。

空気中にいる真菌は、1立方メートルあたり1000個くらいで、1日に1万個以上吸い込んでいる。だが、呼吸のたびに病気になるわけではない。なぜ感染しないのかというと、皮膚や粘膜による物理的防護があるし、日本の真菌は白血球の抵抗に弱く、免疫で防げるからだ。だが、一度カビに感染すると、治療は容易ではない。もともとカビは人間の細胞に似た構造なので、治療薬の開発が難しい。強力な薬は副作用も強い。

新しい問題として、カビは自分にとって有利な生活環境を生み出すために「バイオフィルム」という膜を作ることが分かってきた。カビが表面をむき出しにせず、色々な物質で覆って、白血球の攻撃から身を守る。代表的なカビのアスペルギルスもバイオフィルムを作り、厚い膜で覆われる。こうなると薬が効きにくくなる。感染というのはカビと人間のせめぎ合いの中で起こる。私たちは平穏な日々を送っても、実は体の中でカビとの激しい戦いが起きている。

図3

図3

海外では感染力の強い「肉食系」とも呼べるカビがいる。コクシジオイデスというカビによる感染症は、アメリカに流行地域がある(図3)。健康な人でも簡単に感染し、進行すると髄膜炎を起こしたり、全身に広がったりして、ひどい後遺症が残ることもある。観光立国を目指す日本も、海外からの真菌症患者数の増加が懸念される。

図4
図4

社会の高齢化が進むにつれ、真菌症にかかる人は増えると予想される。たばこをやめたり、エアコンや水回りの掃除をしたりして、弱点を作らないことが肝心だ。しつこいせきやタン、発熱など心配な症状が出た場合は、専門医に見てもらうことも必要になる(図4)。